教えない先生がいる。
その人は、経験則から、「興味の持たない人を振り向かせる」のが、
いかに難しいのかを良く知っている。
だから、基本的には何も言わない、何もしない。
ただ、猛スピードで道からそれて行こうとする生徒に対しては、
必死になってそれを止めようとする。
この時、先生は見ることだけは怠ってないんだということを知った。
なるほどそれじゃあ、先生が何も言わない時は「Go」だ。
その方向が正しいのかどうかなんて、聞くまでもない。
「いんじゃない?」と言われるのがオチだ。
「(誰かが)教え育てる」のが教育とするならば、
「(自分で)考えて育つ」のが考育。
教えて育てないんだから、恐らく先生は後者。
でも、考えたことをぶつけると、
それについての判断は的確に下してくれる。
これがまた外れない。
そうした洞察力が優れているからこそ、その人は先生たる所以なんだと思う。
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ちなみに、先の生徒は先生に説得されたにも関わらず、
道を外れたその先で、自分の道を創ってしまった。
またこれから、先生が"もっと"教えない日が続いていきそうだ。

: tuttin@rezoomic | 2007年02月16日 17:19
久々に俺にもわかる内容やなw
おおむね僕もこの記事には賛同できる。ただちょっと僕的には「人に何かを伝播する」ということに対して多少捉え方が違うんやなぁ、というのも正直なところ。
ここで書くとやたらとながくなるやろし、また話せる機会があったらええな。